2021年8月に、長野県長野市で強迫性障害の女性が民生委員の男性をボーガンで撃つ事件がありました。
殺人未遂に問われていた被告に対して、11月29日に懲役3年の判決が言い渡されました。
28歳女性がボーガンで男性を撃ち殺そうとした「不可解な動機」
事件の内容
Aさんは、民生委員として月に一度、□□被告の家に広報誌を届けに行っていたという。その程度の間柄だったAさんに対し、□□被告がボーガンを向けた動機は一体何だったのか。
同月15日に開かれた初公判で分かったのは、Aさんにとっては、とばっちりとしか言いようのない一方的な□□被告の恨みだった。
<中略>
「Aさんが広報誌を配って帰宅すると、被告から電話があり『笑い方が気に入らなかったので謝ってください』と言われた。意味が分からずも執拗に求められたため、謝罪をした。ところが被告は気持ちがおさまらずまたAさんに電話をかけ『相談事がある』と呼び出した。この求めに応じ、Aさんが被告の家に行くと、被告に『後ろを向くように』と言われ、後ろを向いた直後、被告が、本件のボーガンよりも小さい『ピストルクロスボウ』で矢を発射した」(検察側冒頭陳述)
背中に矢が当たったものの、大きな怪我はしなかったAさんは、これは被告のイタズラだと考え警察に申告することはしなかった。被告からの電話を受けた時、一緒にブルーベリー畑にいたAさんの妻は「夫が突然『申し訳ありませんでした』『すみませんでした』と電話の相手に10回以上謝罪していたのでびっくりした。相手の声も聞こえてきたが『その謝り方が気に入らない』などと言っていた。夫は最後、少し大きめの声で『申し訳ありませんでした!』と謝っていた」と調書に語っている。
28歳女性がボーガンで男性を撃ち殺そうとした「不可解な動機」
被害者の心の広さに驚きました。
ピストルクロスボウとはいえ、矢を撃たれたのにイタズラだと考えるなんておおらかすぎます。
本当なら、この1回目の事件で殺人未遂とみなされてもおかしくないでしょう。
そして、ふたたび事件が起こります。
事件当日夕方、Aさんは被告方を車で訪れインターフォンを鳴らすと、被告から『こっちに来てください』と東側の敷地に誘導された。ところが被告は、後ろをついてきたAさんに『こっちに来ないでください』などと言い、自らは南側に移動し、矢を装填したボーガンを手に取り、Aさんの正面に立ち構え、先端を体に向けて矢を発射した。
矢が右腕を貫通し、前胸部に刺さったAさんは『救急車を呼んでください』と頼んだが、被告は無言で立ち去った」(検察側冒頭陳述)
Aさんは携帯電話が壊れていて通報できなかったため、自力で車を運転して自宅に戻り、家族に119番通報を頼んだという。
加害者はトラブルメーカーだった
加害者は事件の前にもいろいろとトラブルを起こしていたそうです。
公判では、事件までの被告が、Aさんにだけではなく、日常生活で接するさまざまな人とトラブルを起こしていたことも明らかになった。調書によれば、鬼無里地区に移り住んでからの被告は、警察に10回、相談を寄せていた。そのうちの1回は、
「近隣で蜂を駆除している男性を注意したらうるさいと言われてトラブルになった」
というもので、警察が現場で関係者に話を聞くと「『蜂が襲いかかるので近づくな』と被告に爆竹を鳴らされた」と証言した記録が残っている。事件直前には、近隣での工事の騒音をめぐるトラブルでも相談を受けたため、現場で作業員らと被告に話を聞くと、工事関係者らが被告に「足場の片付けがうるさい」と言われ「静かにやります」と謝ったが、のちに被告が「作業員に催涙スプレーを発射した」のだという。
さらに、ある運送会社の配達員も「被告からは態度が悪いとか、ほぼ毎日クレームの電話があり、トラブルメーカーとして知られていた」と調書に語り、郵便局員も「クレームを申し付け謝罪を要求する。『キョロキョロしている不審者がいたので謝罪してほしい』とか『荷物の向きが違う』など普通では考えられないクレームがあり、20回以上謝罪した」と同じく調書に語っていた。
事件に至るまで被告は、Aさんだけでなく、接する人々の多くに謝罪を求めていた。Aさんとの間にだけ、特別なトラブルがあったわけではなく、むしろ誰しも被害者になりうる状況であった。
クレームを言って謝罪を要求するのは強迫性障害らしい行動ですね。
強迫性障害は普通では気にしないようなことを気にしてとらわれる病気ですから。
もちろん、すべての強迫性障害の患者さんがクレーマーになるわけではありません。
ほとんどの患者さんは自分が異常だと理解し、心の中だけにとどめて苦痛に耐えているはずです。
強迫性障害でも責任能力はあった
被告は精神鑑定で強迫性障害とみなされたものの、責任能力はあったと認められました。
被告が罹患していた「強迫性障害」とは…
被告に続けて弁護人も、強迫性障害などによる影響があったとして「事件当時、被告は心神喪失で、責任能力がなかった」と無罪を主張。
<中略>
ところが事件当日のことは「朝から何をしていたか覚えていない。Aさんと話ができるか心配でしたが、Aさんはすごく丁寧で、ほっとして不安が消えました。その後は覚えていません。気が緩んでしまい、それからボーッとして、分からなくなり、考えようとしても何も分からなくなった」と、肝心な部分についての記憶がないと繰り返した。
公判に先立ち、被告に対して二名の医師が精神鑑定を行い、それぞれ異なる見解を示している。判決で大野洋裁判長は「どちらか一方を採用することはできないが、強迫性障害に罹患していたという点は二名とも一致している」として、強迫性障害の影響は認めながらも「自分に不利な点は覚えておらず、不利ではない点は覚えている。被告人の供述は信用し難い」などと弁護人の主張を退け、責任能力があったことを認めた。
執拗な謝罪要求、催涙スプレー噴射、爆竹の使用、そしてボーガンによる攻撃など、被告の攻撃はもともと、他者の行動に強くこだわり、それに不満を抱いたことが起点となっている。
被告側の心神喪失や責任能力がなかったという主張は、減刑のためということもあるので本当かどうかはわかりませんね。
一般的には、強迫性障害は自分が何をしているか、ちゃんとわかっているのではないでしょうか。
懲役3年という実刑を言い渡した大野裁判長は判決言い渡しで「責任の重さを理解させ、治療で立ち直ることを大きく期待したい」と述べていた。被告は机に突っ伏して泣き続けていた。
加害者が強迫性障害という刑事事件は、これまであまり見かけませんでした。
強迫性障害の知名度が低いからか、強迫性障害は刑罰に影響がないとみなされるからなのか、どうなのでしょうね。
いずれにしろ、多くの強迫性障害の患者はただ病気に苦しんでいるだけの人たちです。この事件で偏見を持たれることがないように祈ります。