地面の汚れで恋人に巻き込みをした

恋人と出かけたところ、彼の手が地面に触ったので強迫観念が出ました。

我慢できると思ったのですが、結局はできなくて巻き込みをしてしまいました。

ひどく落ち込んで翌日まで引きずりました。

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手を地面についたら汚い

彼と一緒に電器屋さんにスマホを見に行ったんですよ。

売り場に移動している途中、彼がころんで地面に手をついたんですね。

「あー」と思いました。が、様子を見ようと黙っていました。

彼は手をパンパンとはらって、そのまま売り場に入ろうとします。

いやいや、それはちょっと…と「手洗いをして欲しい」と言いました。

彼はめんどくさそうに「大丈夫だよ」と答えました。

このくらいで手洗いする必要はないと考える人だし、トイレが別の階だから行くのがめんどくさかったんでしょうね。

消毒液は手洗いの代わりにならない

ちょうど売り場の入り口に到着。消毒液があったので、彼は「消毒すれば大丈夫だよ」と消毒しました。

でも、私は消毒液ではあまり綺麗になった気がしないんですよね。

手洗いを100%だとすると、消毒液は20とか30%かなあ。

とにかく消毒はおまけで、手洗いがないと綺麗になったと思えないのです。

が、彼はどうやら何もしなくてもいいし、消毒したから完璧だと考えているみたいです。

強迫性障害の巻き込みをしてはいけない。

「彼の判断を信じよう」と進撃の巨人の名セリフのように心でつぶやきつつ、その場はおさめました。

汚れた手で触ったものを触れない

スマホ売り場で、彼は次々とスマホを手に取って私に見せます。

私は、彼が触ったスマホに触ることができませんでした。

そう、やっぱり彼の手が汚れたままだと思うのです。

彼が売り場のスマホを汚しているような気がして、お店に対する申し訳なさでいっぱいでした。

思いきって一緒にスマホに触ろう、いっそのこと彼の手に触ろうと考えましたが、どうしてもできませんでした。

頭の中で考えすぎてフリーズした

どうして消毒でいいかもしれないと思ってしまったんだろう。

はっきり「手洗いをしてきて」と頼めばよかった。

頭の中に後悔がうずまきます。

一度はそれでいいと決めたし、我慢できるはず。

彼は消毒でいいと判断した。

きっとそれが普通の感覚なんだ、私がおかしいんだ。

手洗いを望んではいけない。我慢しなくてはいけない。

気がつくと、私はうわのそら。

彼が話しかけてもろくに答えることができず、立ちつくしてフリーズしていました。

態度で巻き込みを強要してしまった

彼は見たいスマホがないのかとか、具合が悪いのかと気づかってくれました。

でも、私はほとんど反応できませんでした。考えすぎて頭が熱くなって苦しい。

どうするべきなのかわからなすぎて動けないのです。

彼はそんな私を見て、強迫性障害の症状だと気がついたのでしょう。

「手を洗ってくればいいかな?」と言って、洗いに行ってくれました。

私は売り場で、目に浮かんだ涙がこぼれないように必死でこらえました。

いい年して何をやってるんだろうと、情けなくて悲しくてたまりませんでした。

結局、言葉に出さなくても態度で洗浄行為を強要してしまった。モラハラのようなことをしてしまったのです。

手洗いを頼めない理由

彼はたぶん、さっさと言えばいいのにと思ったでしょう。

まあ、すぐに頼んだら「いやだ」とか「洗わなくていい」と拒否されてひともめするので、私も気軽には頼めません。

とはいえ今回は、こんなにこじれるくらいなら頼むべきでした。

我慢できると過信してしまったんですよね。

手洗いをして欲しいけれどそれを望みたくないという相反する気持ちがあり、動けなくなりました。

実は、前回の『スマホを床に落としたので拭いた』話はこの2週間くらい前の出来事でした。
スマホを床に落としたので拭いた

なので余計に、地面の汚れに挑戦するチャンスかも?と思ったのです。

完全に判断をまちがえました。

ひさしぶりに本格的に落ち込んだ

この日はそのあと普通に過ごせました。

が、家に帰ってからと翌日は、ものすごく落ち込みました。

消えたい、脳みそを消し去りたいという気持ちでいっぱいになりました。

また、そこまで落ち込んだことにさらに落ち込み…みたいな悪循環の泥沼にはまりました。

丸一日がすぎたころにはなんとか浮上しましたけれど、きつかったです。

なんで浮上できたかというと、まあ、さんざんとおってきた道だからですね。

結論はとっくに出しているのです。

私は消える選択はできないし、つまずきながらも強迫性障害を治していくしかないのです。

こんな風になるのも数年ぶりというまで回復できてますしね…。

自然発生したハプニングで曝露してはいけない

今回、あらためて思ったのは、ハプニング中に我慢してはいけないということです。

自然発生した強迫観念を我慢するのは曝露ではありません。

曝露反応妨害法は、強迫観念がないときに”あえて”強迫観念がわくような行動をして、強迫行為をしないものです。

日常生活で浮かぶ強迫観念も強迫行為をしないで済ませられるようになっていたので、油断しました。

「曝露は一人のときにあらためてやる」

これを覚えておきます。

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